理事長挨拶


理事長 笠井 仁 
(静岡大学)

 催眠は,古代エジプトの壁画にも描かれていると言われるほど,古くから呪術や宗教の伝統の中で用いられてきました。言わば自然現象としての催眠が,癒しや神との交流のために用いられていたわけです。これが18世紀末にウィーンからパリに出た医師メスマーによって動物磁気術として提唱され,19世紀半ばにスコットランドの外科医ブレイドによって神経の睡眠として定式化されたことで,現代の催眠につながる実践が始まりました。19世紀末には催眠の黄金時代を迎え,欧米の著名な研究者,実践家たちが催眠を取り上げていました。心理的な働きかけとして,催眠くらいしか手段のない時代のことでした。 この催眠の経験にもとづいてウィーンの神経科医フロイトがお話し治療としての精神分析を考案して勢力を拡げていく中で,催眠への関心は薄れていきました。この中で,20世紀半ばにアメリカで心理学者のヒルガードと精神科医のミルトン・エリクソンが催眠に関する地道な研究と実践を積み上げていく中で,再び催眠に関する関心が高まっていきました。一時期,「偽りの記憶」論争の中で催眠の評判は落ちて,関係の学会の会員数が減少したとも言われています。それでも今日では,催眠の臨床的な有効性に関する研究が数多く発表され,また催眠に関する脳画像研究が脳神経系の専門誌に相次いで発表されて,人間の自然な意識現象としての催眠と,その臨床効果に関心が改めて高まってきています。  催眠については,古くからパンフレットや小説,演劇,近代に入ってからは映画の中でもしばしば取り上げられてきました。そこでは,どちらかというと人を操る魔術のような存在として描かれています。舞台やテレビの中で,見世物として演じられることも少なくありません。私たちの催眠に関するイメージは,これらの一般の人たちの目に触れる機会から形作られていることは否めないでしょう。このイメージがまた,催眠に対する反応を規定していることも明らかにされています。舞台の上で演じられる催眠も,面接室,診察室の中で行われる催眠も,目的は異なっていても同じ自然現象を利用したものです。ブレイドにしても,フロイトにしても,興行師による催眠を目にしたからこそ催眠に対する関心を抱いた側面があるようです。  日本催眠医学心理学会は,催眠現象の理解と臨床応用を促進し,技術を向上することを目的としています。そこには,専門的な学術団体として科学の視点を抜きにすることはできません。一方でその視野には,上に記したような脳神経科学などの基礎研究から臨床応用,さらには文化的な表象も含まれてきます。近年隆盛を誇っているマインドフルネス瞑想法も,もともとは仏陀が行っていた修行に端を発しているとされています。歴史的にも近しい関係にある催眠とマインドフルネス瞑想法とは,脳の中で生じているプロセスにも共通点が多くあるようです。これらのことがらにまじめに関心をもつ人たちが集って,一緒に検討を進めていくことができることを願っております。

▪歴代理事長


理事長名  在任期間  
池見 酉次郎 昭和43年04月1日~昭和47年03月31日 (04年0カ月)
竹山 恒寿 昭和47年04月1日~昭和50年03月31日 (03年0カ月)
池見 酉次郎 昭和50年04月1日~昭和53年03月31日 (03年0カ月)
成瀬 悟策 昭和53年04月1日~昭和63年03月31日 (10年0カ月)
大野 清志 昭和63年04月1日~平成07年03月31日 (08年0カ月)
斎藤 稔正 平成07年04月1日~平成16年03月31日 (09年0カ月)
鶴 光代 平成16年04月1日~平成19年03月31日 (03年0カ月)
宮田 敬一 平成19年04月1日~平成21年09月31日 (02年5カ月)
鶴 光代 平成21年10月1日~平成25年09月15日 (03年11カ月半)
笠井 仁 平成25年09月16日~平成27年10月18日 (02年1か月)
井上 忠典 平成27年10月19日~平成28年10月15日 (01年0か月)
飯森 洋史 平成28年10月16日~令和5年3月12日 (07年4か月)
笠井 仁 令和5年3月12日~